クナのスタイル
クナことハンス・クナッパーツブッシュ(1888〜1965)は、ワーグナーやブルックナーで数々の名演を遺した指揮者である。
私は20代の頃、彼がミュンヘン・フィルを振ったブルックナーの交響曲第8番をアナログレコードで聴いて以来、ブルックナーの虜となってしまった。
ワーグナー、ブルックナーを得意としていたことからもわかる通り、彼の演奏スタイルは悠々と迫らぬいわゆるスローテンポのものが多い。
ただしこれは、年を取って三半規管に障害を抱えた結果のものだった。若い頃は相当ムチャクチャな指揮もしていたとのことである。
たとえばハイドンの交響曲を、それはそれは考えられないスピードで振ったこともあるという。
これには我が国におけるクナの熱狂的ファンであった宇野功芳も唖然とし、
"ふざけるにも程がある。"
苦笑混じりに記しているくらいだ。クナが40代50代の頃は、レコードがいよいよ普及していたのだが頭からこの最新技術を馬鹿にしていた。
宇野によれば、クナは録音マイクに入りきらない点に自分の芸術性の高さを信じていたという。
再現性のあるレコードより、一回、一回のライヴ演奏に命を賭けて遊び抜いた。
だからこそ、戦後録音技術が更に発展しても懐疑的で、クナに惚れ込んだ音楽プロデューサーの懇願で仕方なしに録音に携わった。
ワーグナーの大作「ニーベルングの指環」四部作を全曲録音する際、プロデューサーはクナを指名したが、
「そんな面倒臭いことは嫌だ」
の一言で断ってしまった。現在戦後初の、「〜指環」全曲の録音はゲオルグ・ショルティがその名誉を担った。クナファンには残念な限りだが。
最後にもう一つ。我が国の指揮者岩城宏之が、ウイーンに出向いた際クナのように抑制の効いた指揮で振ろうとした。
するとウイーン・フィルの面々、
「クナは若い頃ムチャクチャなテンポで振っていた。ああいう、のんびりとしたスタイルは年を取ってから獲得した。
だからお前も若いうちは冒険をしたほうがいい」
と言ったそうな。クナのスタイルの変遷と、彼がこのオーケストラに愛されていたことがわかるエピソードといえる。
※訂正とお詫び
1月18日の記事「神か悪魔か」において、クナッパーツブッシュがシューベルトの「軍隊行進曲」をスローテンポで振ったことにウイーン・フィルが質問したと記しました。
正確にはハイドンの交響曲第88番でした。この場を借りて訂正とお詫びを致します。
※このブログは、毎月第2、第4土曜日に配信予定です。
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