ブラームスその愛と死:前編
ブラームスは苦労人である。家計の足しにと、少年時代から場末の酒場でピアノを弾いてお金を稼いでいた。
ある時、ピアノの大家であるフランツ・リストの個人レッスンを受ける幸運に恵まれた。もっとも両者にとっては、不幸な出会いに終わった。
リストが模範演奏をしている間、ブラームスは事もあろうに眠りこけてしまったのだ。よほど疲れていたのだろう。
いずれにしろ、このピアノの大家との縁はこれっきりとなってしまった。
しかし彼はついていた。他の大物との出会いが、この若者の運命を切り開いた。ロベルト・シューマンである。
ブラームスのピアノ演奏を聴いて、この若者が只者ではないと直感したシューマンは弟子として遇することにした。
彼が終生、シューマンを師匠として尊敬したのは言うまでもない。
シューマン一家との交流は、ブラームスの心に癒しを与えてくれた。特に14歳年上のシューマンの妻、クララには密かに憧れた。恋心といってもいい。
クララのほうも、夫の弟子がそのような想いを抱いていることに薄々気がつきつつも、年のだいぶ離れた弟のように接していた。
彼女は、妻として夫に寄り添いつつ、母としても子供たちを懸命に育成していった。良妻賢母の鑑のような女性で、ブラームスが惹かれたのもわかる気がする。
だが、それから間もなくシューマン一家に不幸が訪れた。長年精神障害を患っていたシューマンが、川に飛び込み入水自殺を図ったのだ。
幸い未遂ですんだものの、本人の希望でそのまま精神病院に入院した。クララは面会することすら叶わなかった。
あろうことか、シューマンが自殺未遂をしたのは妻と弟子との不倫を疑った結果だ。口さがない人々の噂に、クララは苦しめられた。
それから数年後、シューマンは亡くなった。まだ46歳という働き盛りだった。この事が、クララとブラームスの間に薄い膜を張ることとなる。
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