フルトヴェングラーという天才
「夫にとって、ベートーヴェンは神そのものでした」
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886〜1954)について、未亡人のエリザベトは度々そう語っていたという。
"(生涯得意にしていた)ベートーヴェンですら神様扱いしていたのだから、ブラームスなど人そのものだったのだろう。"
後年我が国のある音楽評論家が、フルトヴェングラーをこう評している。ちょうどブラームスに深入りしていた頃だから、私はこのくだりをなるほどなあと思いながら読んだ記憶がある。
フルトヴェングラーという天才的指揮者がかつてドイツにいた事実、残念ながら今の私たちは遺された音源や僅かな映像のみでしか知り得ない。
しかし没後度々掘り起こされるアナログレコードやCD、そして映像からこの人が尋常ならざる天才であったことを追体験できる。
特に映像!レーザーディスクという媒体が存在していた頃、第二次世界大戦の最中軍需工場で指揮するフルトヴェングラーに魅せられた。
曲目は、ワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー・第一幕のための前奏曲」である。
のっけから、見てくれを気にしないなりふり構わぬ指揮スタイルにああ、フルトヴェングラーが動いていると涙さえ出そうになった。
演奏も炎で燃え尽きそうな超絶なもので、いかにドイツ国民にフルトヴェングラーが愛されたかが垣間見える映像だった。
ここからフルトヴェングラーを、ナチス・ドイツに協力した許し難き戦争犯罪人というメッセージしか思いつかない人がいたら、終生フルトヴェングラーとは無縁の人と言わざるを得ない。
フルトヴェングラーの奏でる音楽は(あの頃の指揮者全般に言えることだが)、そういったイデオロギーにまみれた色眼鏡で見ていては1ミリも理解できない。
むしろ時代に翻弄されながらも真摯に生きてきた姿勢に、後世の私たちは感動し未来への指針とするべきだ。タイムマシンがあれば、会ってみたい先達の一人。
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