ベートーヴェンの場合
失恋はある種の人(天才と断言してもいい)に名曲を書かせる。前回取り上げたベルリオーズなどはそれが元で、代表作中の代表作となった「幻想交響曲」を生み出した。
さて、ではあの楽聖の場合はどうなのか。言わずと知れたベートーヴェンである。有名なのは、ピアノ曲「エリーゼのために」。
テレーゼという貴族の娘に捧げるつもりで出来たというが、実際にはどうだったのだろう。
いずれにしろこの小品は、優しげな旋律でベートーヴェンの女性への消え入りそうな思いの丈を歌い上げているかのようだ。
彼の場合、その没後に熱烈なラブレターが発見された。差出人は書いておらず、実際誰に宛てたものなのか長年論争の的になっている。いわゆる不滅の恋人論争だ。
評論家の石井宏は、
"ベートーヴェンというのはとかく惚れっぽい質だから、恐らくこの手紙もどこかの酒場のねえちゃんにでも出すつもりでいたのではないか。"
と、身も蓋もないことを書いていた。案外真相なんてそんなものかもしれないが、他人の恋路とはいえもう少しロマンチックにも考えたくなる。
90年代の後半だったと思う。「ベートーヴェンー不滅の恋ー」という映画が上映された。主演の俳優の名は忘れてしまったが、なかなかの熱演だった。
ベートーヴェン没後、弟子のシンドラーが彼が愛した不滅の恋人を探し出すというストーリーだった。
さまざまな女性が現れるが、どれも決定打とならない。意外な女性が浮かび上がるというわけだが。
史実もこれくらいドラマチックなら面白いが、映画と割り切って観たほうがよかろう。
「事実は小説よりもつまらない」
というのはコラムニスト青木雨彦の言だが、けだし名言であろう。ベートーヴェンが、誰にラブレターを送ろうとしたのか。案外知らぬが花かもしれない。
ただ、当時の社交界の貴婦人たちのベートーヴェンに対する嘆きが的を得ているのではないか。
「あれで頑固でなければ、お付き合いできるのに」
※このブログは、来月より第2、第4土曜日に配信します。
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