クラシック音楽あれこれ

クラシック音楽のことをメインに語ります。

ベートーヴェンの大予言!?

天才といえども、時代の流れに流され染まっていくのは抗し難い。その点、ベートーヴェンも例外でなかった。

10代の終わりにまだ故郷のボンにいた頃、フランスで一大変事が起こった。フランス革命である。

自由・平等・博愛をスローガンにした革命の精神に、たちまち彼は虜になりそれから長い間共和制こそ理想の政治体制だと唱えるようになる。

楽家として一旗揚げるつもりで出てきたウイーンでもその考えは変わらず、やがてイタリア遠征を成功させたナポレオン・ボナパルトに傾倒する。

ベートーヴェンがいかにこの、時の英雄を尊敬していたか。彼の交響曲における最初の傑作として位置づけられる第3番に、明確に刻印されているくらいだ。

初演時には"天国的な長さ"と酷評され、ある貴族に至っては、

「途中で(演奏を)止めてくれたら、金はいくらでも出す」

と根を上げたほどだ。現在、「英雄」という副題がつけられたこの曲は良くも悪くも画期的な作品であった。

この曲を、ベートーヴェンがナポレオンに捧げようとしていたことはあまりに有名である。

ところが変事が起きた。ナポレオンがフランス皇帝へと戴冠したのである。正に青天の霹靂だった。

貴族の娯楽のために音楽が消費されていくのに我慢がならず、音楽は万人のためになければならないと信じていたベートーヴェン

だからこそ共和制を信奉していたし、ナポレオンをその体現者として崇めた。

裏切られたと思った瞬間、楽譜に記した"ナポレオン・ボナパルトに捧ぐ"の文字をペンで激しく掻き消した。そして別のパトロンに捧げてしまった。

"ある英雄の思い出に"

と書き添えて。

ベートーヴェンがいかにナポレオンに対して、激しい愛憎の念を抱いたか。

後年没落し、流刑先のセント・ヘレナ島で亡くなったと聞いた際、

「私は、今日(こんにち)あることを予想していた」

「英雄」の第二楽章である"葬送行進曲"を例に上げて、稀代の英雄をこき下ろした。

 

※このブログは、毎月第2、第4土曜日に配信予定です。

iPhoneから送信