続・暗闇に響け、ブルックナー
朝比奈隆先生は、私にブルックナーの交響曲第八番の魅力を教えてくれた恩人だ。
たしか1994年頃だと思う。当時先生が手兵の大阪フィルを率いて、東京のサントリーホールで振った第八番のライヴCDを買い求めた。
名盤だった。ブルックナーの第八に耽溺していたあの頃、CD・レコードに関わらず集めまくっていた私にとっては、最高傑作だと確信できた。
休みの日に暇さえあれば聴き、終演後のブラボーと拍手の時には自分も一緒になって、CDコンポの前で拍手していた。
思えば幸せなひと時だった。現実の世界では、望みもしない引っ越しや就職でフラストレーションが溜まっていた。
そんな私にとって、ブルックナーの第八を聴きながら昼酒を飲むのが唯一の慰めといえた。
もう一つの趣味であった読書がおざなりになっていただけに、私はますますクラシック特にブルックナーに傾倒していった。
その年の暮れぐらいだろうか。JR静岡駅の南側に私は格好の酒場を見つけた。
17時に仕事が終わるのを待ち構えたかのように、私はその酒場へ向かった。
安くて旨い飲み屋を見つけたことで、すっかり有頂天だった。おかげで最終バスに乗り損ねた。当時自宅は山際に借家を借りていた。
タクシー代も残ってないし、歩いて帰ることにした。何時間かかっただろう。
途中、私は朝比奈先生のブル八を脳内再生した。そうすると、大変なはずの帰り道も苦にならなかった。
第三楽章のアダージョを流しながら暗い夜道を歩いていると、音楽が今まさに暗闇から浮かび上がってくるような感覚を得た。
ブルックナーは毎晩のようにビアホールで痛飲しながら、虫の音を聴くのを楽しみにしていたという。
アダージョには、そんな時のブルックナーの気分が反映されているのかと想像したりした。
三周目か四周目の脳内再生で、夜が明け家に帰り着いた。
※このブログは、毎月第2、第4土曜日に配信予定です。
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